ゲヴァントハウスカペルマイスターと名誉指揮者
初代 ゲヴァントハウスカペルマイスターは1781年から1785年まで、ヨハン・アダム・ヒラーでした。1835年から1847年のゲヴァントハウスカペルマイスターであったフェリックス・メンデルスゾーン・バートロディーはオーケストラの基盤を築いただけでなく、ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲「マタイ受難曲」の再初演並びにライプツィヒ初公演の指揮を取り、バッハ復興に偉業を残しました。またドイツ初の音楽院 も創立. 今日のゲヴァントハウスのメンバー中にもこの音楽院で音楽教育を受けた音楽家は少なくありません。
フェリックス・メンデルスゾーン・バートロディーの在任中の住居は現在も存在し、博物館 になっています。
これまでのゲヴァントハウスカペルマイスターには:アルトゥール・ニキシュは1895年から1922年までゲヴァントハウスカペルマイスターとして務め、近代的シンフォニーオーケストラを形成し、ジョハネス・ブラームス、アントン・ブルックナー、やリチャルト・シュトラウスの作品を主なレパートリーとし、1916年スイスでの初の外国公演に成功しました。同じくフルト・ベングラーはベルリンフィルの常任指揮者時代にゲヴァントハウスカペルマイスターを兼任しておりました。1933年にブルーノ・ワルターはナチスドイツにより、免官され1939年アメリカに亡命しました。フランツ・コンヴィチニーは神話のような多彩な指揮者の一人でした。
ヴァツラフ・ノイマンは1968年政治的鎮圧にあった民衆運動”プラハの春”に抗議するため旧東ドイツを去りました。
1970年から1996年までクルトマズア はゲヴァントハウス管弦楽団を指揮し、その後2005年の7月までヘルベルト・ブロムシュテットが後任を努めました。この両人ともゲヴァントハウス管弦楽団の名誉指揮者の称号を授与しました。
2005年には リカルド・シャイー が19代ゲヴァントハウスカペルマイスターに就任しました。

リカルド・シャイー
